I am not 指導者


皆さまあけましておめでとうございます。
原田でございます。

冬季講習も終わり、今年度最終学期がスタート。中学受験も残り一週間を切り、教室内はまた活気づいた雰囲気。生徒たちの様子はと言えば最近益々楽しそうに、そして逞しく成長した姿を見せております。

さて、本日は年末年始のお休みの間に考えていたことをこの場を借りてアウトプットさせていただきます。


昨年はAI元年と言われ、日本のみならず各国の熾烈なAI合戦が繰り広げられていました。その影響はここ教育業界にも例外なく波及しており、教育×テクノロジーのEdtechと呼ばれる分野は発展の一途を辿っています。

そのビッグウェーブに抗うことは溺死を意味し、うまく波を乗りこなす、あるいは新たな波を作り出すことに各界が躍起になっているようです。

教育界における専らのテーマはAIを含むIoTの駆使、グローバル対応、アダプティブラーニング(個々の生徒にあわせて学習内容を提供すること、その仕組み)。

今年開講予定のある学校では、校舎をもたず世界を旅をしながら世界のトップ大学を目指すというもの。もはや「授業は教室で受けるもの」という概念がなくなるかもしれません。またある企業ではAIが生徒の学習状況に合わせて適切な教育プログラムを提供してくれるというシステムを開発。「授業をするのは先生ではなくロボット」そんな日が迫っているのかもしれません。

これは大げさな話でもなければ遠い未来の話ではなく、国の方針としては向こう数年にかけて全生徒が1人一台タブレットを持ち、利用できるような環境整備に動いており、また近隣の私立学校でもオンラインでの学びを前提としたカリキュラムで動いているところも数多くあります。

例に漏れず、我々SSグループとしても現在新たなシステムを開発中。

時代の先駆けとなるようなモノを提供するべく着々と準備を進めております。

そんな時代です。これまでの常識が非常識に。その逆もまた然り。価値観がひっくり変える世の中になっています。歴史を振り返れば、今に始まったことではありませんが、そのスピードが非常に短くなっています。

今日言いたいことは、そんな時代の訪れに対して生徒や保護者様に警笛を鳴らすこと、ではありません。私たち自身がどういった態度で臨むべきだろうか?といったお話です。


少子高齢化に国内総人口減、経済は不安定、合わせてサービスは多様化。時間場所に限らず、高品質なサービスが安価(あるいは無料)で受けられるという時代。

私たちの置かれている環境はともすれば危険と言えるでしょう。同業者の中では「あの頃は良かった」「これからはやっていけない」そんな声がどこからともなく耳に入ってきます。

しかし私はピンチだとは思いません。むしろチャンスだと考えています。ピンチになるとすれば、前例に縛られ、過去の正解に執着すること。

こんな時代だからこそ、世の中的に新たな価値がどんどん生まれ、自分尺度で自分の幸せを選べることになります。面倒なルーティンワークや危険な作業はロボットに任せ、人間が人間らしさを発揮できる世の中。そう考えればワクワクしませんか?

もちろん課題もあります。便利なモノやサービスは世の中に溢れている。そしてこれからも続々と出てくるでしょう。
しかし、果たしてそれをうまく使いこなせるのか?という点。

事実、カリスマ講師による映像授業サービスも多々ありますが、それをうまく使いこなし、成果を出している生徒は皆無に近いと感じています。(元々自分で出来る子は別ですが)

塾にしろ、教材にしろ、アプリにしろ、YouTube動画にしろ、今や学びを得る手段なんて腐るほどありますが、逆にありすぎてよく分からない。その存在を知っていたとしても継続して成果を出す方法が分からない。あるいはめんどくさくて結局やらない。

そんな時に、私たちのとるべき道は
「(教科を)教えるプロ」や「育てるプロ」ではなく、

「引き出すプロ」や「寄り添うプロ」である。

私はそう確信しています。

教えるということは、大きな意味で、何か正解を知ってる人が知らない人に伝えるということ。しかし、これからは正解なんてものはありません。

インターネットやテクノロジーの発達により、一部の供給者と圧倒的多数の需要者の一方通行だった構図から双方向的な世の中になっていることは間違いありません。

例えばテレビ。これまではごく一部の局から発信され、そのた大勢の受益者がサービスを受けるという世界だったのが、今やユーチューバーやインスタグラマー、TikTokerとして誰でも芸能活動ができる。誰もがテレビ局になれる時代になりました。

メルカリなんかもそうですよね。誰もが売店になれる。今まで一部の人間の専売特許だったものが経済格差や住む場所、年齢性別に限らず、誰でも何でも出来る時代へ。

誰もがクリエイター。誰もがアーティスト。誰もが作家。誰もが経営者。まさに個の時代。

だからこそ、これからは
「教育」ではなく「共育」
が鍵になるのではないかと私は考えます。

教える人、教わる人という明確な線引きはなくなり、誰もが「学ぶ人」にも「学びを与える人」にもなる。そんな風になると思います。

私も、生徒に何かを教えてやる、というスタンスではなく、自身が変化を恐れず挑戦し、学び、成長していく。さらには生徒や講師、保護者の方々からも学びを得る。そんな姿を見せていくことやそんな仕組みを整えることの方が、100万倍価値があることではないかと考えます。

私ももうすぐ30歳。人生の3分の1はすでに終了。健康寿命を考慮すると活動的に動ける時間は限られています。

内野ゴロでもデッドボールでもいい。とにかく自らバッターボックスに立つ。ベンチでぬくぬく指示を出して満足するのではなく、いちプレイヤーとして汗をかいていきたい。

つまり、

指導者ではなく、

並走者であるということ。

私自身が自分の道を突っ走って周りを引っ張っていく。猪よりも猪突猛進。そんな一年にしていきたいと思います。

以上、壮大なる独り言でした笑
今年も一年宜しくお願い致します。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。
今日も一日、スペシャルな時を。
Peace,Unity,Love,and Having fun!